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東京高等裁判所 昭和63年(ラ)879号 決定

抗告人 福田季代美 外1名

相手方 水野和英 外1名

事件本人 水野美樹

主文

一  抗告人福田季代美の抗告に基づき、原審判を取り消す。

本件を東京家庭裁判所に差し戻す。

二  抗告人福田理恵子の抗告の申立てを却下する。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙「申立書」と題する書面に記載のとおりであつて、その理由とするところは、要するに、事件本人の母である抗告人福田季代美(以下「抗告人季代美」のようにいう。)は事件本人を相手方らの特別養子とすることについて真意に基づく同意をしていないというにあると解される。

二  そこで検討するに、本件特別養子縁組の申立ては、民法等の一部を改正する法律(昭和62年法律第101号)の施行前に事件本人と普通養子縁組をしている相手方らからなされたものであるが、一件記録によれば、原審における調査、審判及び抗告申立ての経緯は以下のとおりであると認められる。

すなわち、原裁判所は、昭和63年7月15日、富山家庭裁判所に対して抗告人両名の調査を嘱託した。富山家庭裁判所は、同月19日、右嘱託事項について調査命令を発し、同家庭裁判所の担当家庭裁判所調査官は、同年8月3日、抗告人両名に対する面接調査を行つた。

抗告人季代美は、母である抗告人理恵子及び養父(抗告人理恵子の夫)のほか実妹、異父弟妹と同居し、スナツクのホステスとして稼働しているが、右の面接調査の際、担当家庭裁判所調査官に対し、「既に普通養子縁組をしたときから自分も事件本人の実父も事件本人との親子関係を絶縁するつもりであつたし、今も将来もその気持である。ただ、時々事件本人の写真を送つてもらいたいと思つている。」旨述べ、特別養子縁組同意書に署名押印した。また、抗告人理恵子は、「特別養子縁組について全く異議はない。ただ、事件本人の幸福な生活振りの一面を一目写真で見てみたい。」旨述べており、抗告人両名とも、右の面接調査の際は、本件特別養子縁組について何ら反対の意向を示していなかつた。

そこで、原裁判所は、相手方ら及び事件本人に対する調査結果を参酌し、相手方村田茂雄を審問した上、同年11月8日、事件本人村田理江に係る事件(東京家庭裁判所昭和63年(家)第5955号)とあわせて特別養子縁組を成立させる審判(原審判)をし、同審判書謄本は同月21日に抗告人季代美に送達された。

しかし、抗告人両名は、翌22日、「事件本人を相手方らに渡して以来、事件本人の写真を望んできたが、今まで相手方らからは何の便りもなく、大変心を痛めている。写真1枚送つてくれない人が事件本人を愛情をもつて育ててくれるかどうか疑わしい。富山家庭裁判所においては、面接調査に入るに先立ち特別養子縁組同意書への署名押印を求められ、何も分からないままに署名押印したが、家庭裁判所調査官から提出を求められた戸籍謄本と住民票の写しをその後送付しなかつたので、特別養子縁組を成立させる審判が出されるとは思つていなかつた。このたび審判がなされたことを知つたが、これを受け入れることはできない。」旨を記載した書簡を添えて審判書謄本を原裁判所に送り返した(なお、富山家庭裁判所の担当家庭裁判所調査官作成の調査報告書によれば、抗告人両名に対して戸籍謄本と住民票の写しの提出を求めたとのことであるが、右の書簡にあるとおり、これらの提出はなされていない。)。

その後、抗告人両名は、原裁判所の教示を受けて、本件抗告の申立てをするに至つた。

三  右の事実によれば、抗告人季代美には事件本人を相手方らの特別養子とすることについて気持の迷いがあつたことはうかがわれるものの、昭和63年8月3日になされた特別養子縁組の同意自体は、同抗告人の真意に基づくものと認めるべきである。しかしながら、右の事実に照らすと、同抗告人は、かねて希望していた事件本人の写真を相手方らが送付してくれないことなどから、審判の告知を受けた後に意を翻し、右の同意を撤回するに至つたものと認めるのが相当である。

ところで、右のように審判の告知後に特別養子縁組の同意を撤回することを許容した場合には、手続の安定と子の福祉を害するおそれがないわけではないが、特別養子縁組の成立が実方の血族との親族関係を終了させるという重大な身分関係の変更をもたらすものであつて、同意の撤回の時期等を制限する規定が存しないことにもかんがみると、審判が告知された後であつても、これがいまだ確定せず親子関係の断絶という形成的効力が生じていない段階においては、理由のいかんを問わず、右の同意を撤回することが許されると解すべきである。したがつて、審判の告知後に同意を撤回した上、同意の欠缺を理由に特別養子縁組を成立させる審判の取消しを求めて抗告をすることも可能であると解される。

そうすると、当審における決定の時点においては特別養子縁組の成立要件である民法817条の6本文所定の同意を欠くことになるが、前認定の抗告人季代美が同意を撤回した経緯及びその理由のほか、一件記録上認められる普通養子縁組をした当時の事情、その後の事件本人及び相手方らの生活状況、現時点における同抗告人らの生活状況と事件本人の養育監護の可能性等にもかんがみると、本件においては同条ただし書所定の要件が認められる余地がある(なお、本件については、民法817条の3ないし5及び7に定める要件は充足しているものと判断される。)から、原裁判所に更にこの点について審理を尽くさせるのが相当である。

四  一方、抗告人理恵子の抗告については、同抗告人は未成年者である抗告人季代美の母であつてその親権者であるが、前記のとおり、先に事件本人と相手方らとの間には普通養子縁組が成立していて、抗告人季代美の事件本人に対する親権はその時点において消滅していると解されるから、抗告人理恵子が抗告人季代美に代わつて事件本人に対する親権を行う(民法833条)ことはできない。したがつて、抗告人理恵子は、家事審判規則64条の8(同条の7)にいう「養子となるべき者に対して親権を行う者で父母以外のもの」に当たらず、抗告権を有しないものと解するのが相当である。

五  よつて、抗告人季代美の抗告に基づき、家事審判規則19条1項に則り、原審判を取り消した上、本件を東京家庭裁判所に差し戻すこととし、抗告人理恵子の抗告は不適法であるからこれを却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 友納治夫 裁判官 小林克巳 河邉義典)

別紙 申立書〈省略〉

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